本書は「山本周五郎 全集未収録作品集 5 武道小説集」を電子ブック化したものである。初版発行は昭和48年1月20日、発行所は実業之日本社、カバーは電子ブック用に新しく制作した。山本周五郎全集未収録作品シリーズの電子ブック刊行も、ここに第五巻となったわけだが、幸い各巻とも好評を得ている。これは山本作品が、いかに大勢の読者層によって支持されているかの如実な証明でもある。 本書は、「武道小説集」と命名された。『武道用心記』、『武道仮名暦』など、武道に因んだ作品が多く収められたのに拠る。他に8篇『土佐の国柱』、『豪傑ばやり』、『紀伊快男子』、『蜜柑』、『あらくれ武道』、『城を守る者』、『孫七とずんど』、『修業綺譚』を収録した。 『武道仮名暦』は南部藩史にのこる同心組騒動に材を得たものである。ここにも戸来伝八郎という青年が登場して、その愛すべき個性で、事件を解決してゆく。エンターテインメントの巧みさが第一に要求される娯楽雑誌の舞台で、「人間を描く」つまり個性を明確に描きわける努力が、いかに地道に積重ねられたかを偲ばせる好個の短編である。 『土佐の国柱』は、土佐の太守山内一豊の死に臨んで、唯一人、追腹を切ることを許された老職高閑斧兵衛であったが、三年のちにという条件が付されていた。やがて斧兵衛は孤独な地位においやられてゆき、ついにはある計画の実行にいたる。 『蜜柑』は、己れひとりただし、として忠勤する主人公の未熟さを、叱正する病床の家老安藤帯刀。『あらくれ武道』は、近江の浅井長政の武勇の臣で、異様な大鼻をもつ宗近新兵衛の、悲恋の物語である。『城を守る者」は上杉護信の甲斐出陣のたびに、人々にさげすまれながらもすすんで春日山城の留守城番を申しでる家老千坂対馬の、真のもののふの苦衷を描いている。 これらの物語の構成のたくみさ、感動のもりあげ、青年男女の配置等、まことに間然するところのない出来ばえを示し、武道のきびしさを謳っている。編者が、「おや?」と注意を惹かれた作品に触れておきたい。『孫七とずんど』である。これは一種の、こっけいものであると木村は書いているが、この作品の戦闘場面を読んで、うむむと唸ってしまった。これは、ある種のマジック・リアリズムではないか。 最後に全集未収録作品集の内容紹介で何度も書いたことだが、本書の各篇が、新潮社版および講談社版の『山本周五郎小説全集』に掲載されていないのは、決して作品の不出来によるものではなくて、全集刊行時に、これらの作品を集めることができなかったためである。もともと作者自身、作品の切抜きや、単行本を手元に保存しない建前であったし、戦前の大衆娯楽雑誌までを完備する図書館等も少なく、ほとんど散逸の状態にあったのである。
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