本書「赤ひげ診療譚」は、講談社「オール読物」に、昭和三十三年三月号から十二月号にかけて発表された。作者の山本周五郎は五十五歳、気力体力とも充実した時期の作品を電子ブック化したものである。表紙は、電子ブック化にあたり新しく制作した。 山本が医学に関した小説を書こうとして小石川養生所に興味をもったのは大正の末期、二十代前半時分で、日比谷の図書館に通っては資料をあさり仔細なメモをとった。小石川養生所(施療院)や薬草園についての資料に、山本は特に強い関心を示したが、それは江戸幕府のとった社会福祉政策の実態を小説的に追及しようとしたからである。 八つのエピソードから成るこの長篇は、医は仁術の具現者である医師・赤ひげの言行録でもあれば、養生所の窓を通して眺められた虐げられた江戸下層民の残酷物語でもある。 新出去定(にいで きょじょう)という腕のたつ老医が主人公で、副主人公は保本登という長崎帰りの若い医学徒である。登は初め、この養生所に入れられたことに不満を抱き、ことごとに反抗的態度をとるが、所長である赤ひげ・新出去定という不思議な人物にひかれてゆき、ついに真の医者としての使命に目覚める。 この作品の魅力は主人公・新出去定の底知れぬ人間味にある。医は仁術を実践する去定を煙たがる悪徳医は地まわりを使って去定の帰途を襲わせる。すると去定はたちまち彼らを投げ飛ばし、打ち負かす。そして、去定は日ごろの人柄からは想像もできない汚いことばを吐きちらす。このようにアクションものとしてのおもしろさもあり、その粗暴さがこの作品からキレイゴトのいや味をとり去っている。 本書は、昭和四十年黒澤明によって映画化される。これが黒澤と三船とコンビの最後の作品となったが、映画「赤ひげ」は昭和四十年で最高の興行収入を記録し、キネマ旬報で1位に選出される。なお映画は一部にドストエフスキーの『虐げられた人びと』を元にしたエピソードをも挿入している。原作者が黒澤明に念を押すように忠言したのは、去定を単なるヒューマニストとすることなく「過去に、こころに深い傷を負った人間として描け」という一条であったという。
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