「まえがき」より 私が長年携わってきた看護の仕事では、患者さんを担当する際に、生活歴(その人が生きてきた足取り)を聞いてから、看護の計画を立てて、看護を行います。生活歴を調査する際には、患者さんの言うことを同じ目線で傾聴し、共感しながら人間関係を築き、看護を行います。生活歴を知ることは、病気を患っても、その人らしく生きられるように、病気から回復して本来のその人らしい生活に戻れるように支援するために大切なのです。 認知症ケアについて学べば、学ぶほど、そんな看護の基本がいかに大事かを思い知らされます。英国の認知症ケアの第一人者トム・キットウッドは「パーソンセンタードケア」を提唱し、業務中心のケアではなく、人を中心とするケアの重要性を説きました。画一的な支援ではなく、認知症の人の価値を認め、その人の視点に立って、その人らしさを尊重することが大切であると主張したのです。この考えは世界の医療・福祉現場に大きな影響を与えました。どのような人にもその人らしさを尊重する支援は必要ですが、認知症の人にはとりわけそれが求められます。 認知症になると、「自分らしさ」がどういうものだったか思い出せないことがあります。例え「自分らしさ」がわかっていたとしても、認知症の人は自らを、自分らしく生きることができる環境にもっていくことが難しいのです。したがって、周りの人は本人が住みやすい環境を察し、整えてあげて、その人らしい生活ができるように支援することが重要なのです。 高齢者や認知症の人に対して「その人らしく生きる」ための支援を行うことは重要ですが、もうひとつ重要な概念があります。 発達心理学者のエリクソンは老年期の発達課題を「自我の統合」であると説いています(詳しくは本書P128)。「自我の統合」とは、自身の人生の振り返りを通じて人生を総括し、人生の価値を確認し、納得して人生を締めくくる過程です。高齢者は長い人生において、いいことも悪いこともたくさん経験しています。老いていくと、体が思うように動かなくなったり、大切な人が亡くなっていったり、失うものが多くなったりと、マイナスなことが増えていきます。しかしながら、体は老いても精神的には成長することができます。老年期は自分の家族やライフワークで残してきたものをゆっくりと振り返り、総じて「まぁいい人生だった」と納得できることがなによりも大事なのです。認知症の人も同じように、このような発達課題を抱えています。しかし認知症の人は記憶が徐々になくなっていきます。そのような中で、人生を振り返り、統合感を獲得していくのは容易なことではありません。そのため、認知症の人は「自我の統合」のための支援を常に必要としているのです。 本書ではそのような高齢期や認知症ケアで大事なことを、愉快なばあちゃんのストーリーにのせて紹介していきます。本書から、なにか介護生活に活かせることを感じ取り、つかんでいただければ幸いです。
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