本書『文明樹』は上中下三巻より成る。全体については、上巻の内容紹介に記したので、そちらもお読みいただきたい。 本巻では、上巻・中巻に続き、日本人のアイデンティティたる日本文化・文明をさらに探究するため、古事記・日本書紀の伝える神話、皇祖神アマテラスを祀る伊勢神宮、天皇の世嗣のための大嘗祭、それらに籠められた主題を解き明かしたい。 結論をいえば、上記すべてに籠められている主題とは、稲の魂の誕生である。 天孫降臨は、皇孫ニニギが高千穂に天降る。これには幾つかの主題が重なっているが、最も重要なのは、稲の魂であるニニギが、地上の高千穂すなわち稲穂に降臨し、稲が稔ることだ。 稲の魂が地上に降るためには、天上の高天原において稲の魂が生まれなくてはならない。その物語が高天原神話である。それは太陽と水の争いという形で進行する。 太陽の神アマテラスと水の神スサノオが誓(うけ)いをする。スサノオの剣から宗像三女伸が誕生した。水の神である。これは水田に水が満ちることを表す。次にアマテラスの玉を泉に濯ぐと天之忍穂耳(アメノオシホミミ)が誕生する。玉はミクラタナノカミ。タナは種。御倉に保管された種の神であり、稲の種が水の力によって成長し稲穂となることを表す。次にスサノオが乱暴を働く。アマテラスが岩屋戸に身を隠し暗闇となる。これは秋の長雨・豪雨と解釈できる。稲の稔には日照が必要である。人々の祈りにより太陽が復活し、岩屋戸の前に立てられた真賢木に光が射したとき、そこに誕生するものは稲の魂である。樹の霊力の助力により、太陽の霊は稲の魂に成った。高天原神話は太陽と水の争いという形で進行する稲の成長と稔の物語なのだ。 天の岩屋戸の「太陽の霊が樹の霊力の助力によって稲の魂になる」という信仰は、実は多くの祭祀に見られる。 まずは伊勢神宮正殿。内宮に祀られるのはアマテラス。御神体は鏡である。その鏡の真下の地中に心の御柱がある。明治以前は神嘗祭の神饌は御神体にではなく、心の御柱に供えられた。岩屋戸の前の真賢木には鏡が掛けられていた。伊勢の正殿と真賢木は同一の構造である。そうであれば機能も同一であろうと類推できる。伊勢の正殿は、鏡の象徴する太陽の霊を樹の霊力によって稲の魂に変える装置である。正殿が稲倉そのものであるのは必然なのだ。心の御柱は樹の霊力の神タカミムスヒである。 伊勢神宮の御田において、初穂を枝につけて若木を田のほとりに立てた。大嘗祭の悠紀・主基田にも四隅に賢木が立てられる。そして傍らに八神殿が祀られる。主神はタカミムスヒである。 このような太陽と樹により稲の魂を生成する稲田の構造を、祀る対象として神殿化したのが伊勢神宮であろう。 神話ではニニギは真床追衾(マドコオウフスマ)に包まり降臨した。大嘗祭において同じマドコオウフスマに包まり天皇はニニギの魂が身体に入るのを待つ。これは東南アジアに見られる、主婦が初穂を赤子に見立てて寝具に包んで添寝をする習俗に起源を持つ。大嘗宮にはアマテラスがいて、タカミムスヒも祀られている。天皇の身体にニニギの魂が生まれる。天皇の魂は稲の魂なのだ。 神話の系図ではアマテラスの子、オシホミミはタカミムスヒの娘と結婚し、ニニギが誕生する。稲の魂の誕生には樹の助力が必要であることを表す。 弥生時代に稲作が始まって以降、日本人にとって稲はいのちの根であった。神話にも伊勢神宮にも大嘗祭にも田圃の祭祀にも、日本人の稲の稔に対する祈りが籠められている。 天皇は毎年豊穣を神に祈りまた神に感謝をし、稲の魂の再生を司る。稲の魂が再生され永遠であるなら、天皇の魂も同時に永遠である。それは日本文明の文明樹が永遠の命を保つ必須の条件である。 最終章は「文明樹を守る」。日本人のアイデンティティたる、掛替えのない日本文化を守るには何を為すべきかを記して、本書『文明樹』を閉じたい。 以下目次を記す。≪下巻―プロローグ≫≪第9章≫神話と祭と稲◆神話とは◆日本神話◆伊勢神宮◆天の石屋戸◆天孫降臨◆高天原神話◆大嘗祭◆(補)アマテラスとタカミムスヒ≪最終章≫文明樹を守る◆文明観の確立◆文明樹の修復◆文明樹を守る【環境を守る】【稲作を守る】【地球の文明の多様性】≪エピローグ≫
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