広島の平和記念公園の片隅に、小山のような塚がある。「原爆供養塔」だ。地下には引き取り手のない原爆被害者の遺骨が収められている。その数、七万柱。訪れる人もまばらなこの塚を、半世紀にわたって守ってきた「ヒロシマの大母さん」と呼ばれる女性がいた。 95歳の佐伯敏子さんは供養塔に日参し、塚の掃除をし、訪れる人に語り部として原爆の話をしてきた。佐伯さんも被爆者のひとりで、母を探しに投下直後の広島市内に入って放射能を浴び、原爆症に苦しむことになった。佐伯さんと供養塔との関わりは、養父母の遺骨が供養塔で見つかったことがきっかけだった。納骨名簿を調べ、骨壺を一つ一つ点検し、遺骨を家族のもとへ返していく作業を、佐伯さんは一人で続けてきた。その姿勢が行政を動かし、多くの遺骨の身元が判明した。しかし、1998年に佐伯さんは病に倒れ、寝たきりになってしまう。 著者が佐伯さんと出会ったのは、そんな矢先だった。佐伯さんの意志を継ぐかのように、供養塔の中の、名前が判明している「816」の遺骨の行方を追う作業を始める。名前、年齢、住所まで書かれているのに、なぜ引き取り手が現れないのか? そんな疑問から始まった取材は、行政のお役所的対応やプライバシーの問題、そして70年の歳月という分厚い壁に突き当たる。しかし、著者は持ち前の粘り強さを発揮し、遺骨の行方を一つ一つ追っていく。 すると、存在しないはずの「番地」や「名前」が現れ、祭られたはずの死者が「実は生きていた」など、まるで推理小説のような展開を見せる。また、名簿のなかの朝鮮人労働者の存在や、遺骨をめぐる遺族間の争いといった生臭い現実にも直面することになる。さらに、あの劫火の中、死者たちの名前を記録した少年特攻兵たちの存在も分かった。 あの日、広島で何が起きたのか? 我々は戦後70年、その事実と本当に向き合ってきたのか。これまで語られることのなかった、これはもう一つのヒロシマ、死者たちの物語だ。 目次 序 章 第1章 慰霊の場 1さまよう遺骨/2原爆供養塔の建立/3迷惑施設になった死者の塚/4漁協ボスの涙 第2章 佐伯敏子の足跡 1シャギリの音/2置屋からの脱走/3道場荒らし/4結婚そして母との和解 第3章 運命の日 1八月五日/2八月六日/3八月七日/4一族一三人の死/5母の首/6再会した家族/7原爆症の日々/8原爆供養塔 第4章 原爆供養塔とともに 1義父母の遺骨/2原爆供養塔の地下室/3遺骨を家族のもとへ/4自分の言葉を持つ/5姉たちとの和解 第5章 遺骨をめぐる旅 1二〇〇四年夏、似島/2二〇一三年、広島/3納骨名簿/4運命をわけた二人/5過去帳の中の戦死者/6ある弁護士の足跡/7製鐵所のある町で 第6章 納骨名簿の謎 1「おうとる方が不思議よね」/2少年特特攻兵の記憶/3似島の少年兵/4動かなかった海軍兵学校/5無縁仏七万柱の根拠/6父をさがして 第7章 二つの名前 1成岡のヤマモトさん/2名簿の中の朝鮮半島出身者/3朴さんの長い旅 第8章 生きていた“死者” 1従軍看護婦の遺骨?/2運命のいたずら/3戦争の不条理は非力な人々に/4まだあった納骨名簿の生存者/5課長の覚悟/6語られなかった戦後 第9章 魂は故郷に 1沖縄から来た兵士/2返っていた遺骨/3黒い雨』の里で/4家族の記憶 終章
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