【新装版、新・三島由紀夫】 喪失の底で、なぜ私は狂わないのだろう――。 「古い自作を自分の手で面倒を見てやりたい」と記した短編集。〔新解説〕津村記久子 海難事故で幼い子供を失った夫婦。不幸に直面した衝撃と怒り、悲嘆からの逃避、忘却のはじまり、そして──喪失の後の心情を克明に追う「真夏の死」のほか、川端康成に評価され作家デビューのきっかけとなった「煙草」、レズビアニズムを扱った先駆的で官能的な「春子」など、短篇小説ならではの冴えが際立つ11篇を収録。著者による解説も付した自選短篇集。 【目次】 煙草 春子 サーカス 翼 離宮の松 クロスワード・パズル 真夏の死 花火 貴顕 葡萄パン 雨のなかの噴水 解説・三島由紀夫/津村記久子 【本書収録「真夏の死」より冒頭】 A海岸は伊豆半島の南端に近く、まだ俗化されない好個の海水浴場である。海底の凹凸(おうとつ)が多く、波がやや荒いほかは、水の清らかさも遠浅であることも海水浴に適している。ここが湘南地方の海岸ほど殷賑(いんしん)をきわめていないのは、ひとえに交通の不便な点に懸っている。そこへ行くには、伊東から乗合自動車で二時間を要した。 宿はほとんど永楽荘一軒とその貸別荘だけで、夏の砂浜を醜くする葦簀(よしず)張りの店も、一二軒出るにすぎない。…… 三島由紀夫(1925-1970) 東京生れ。本名、平岡公威(きみたけ)。1947(昭和22)年東大法学部を卒業後、大蔵省に勤務するも9ヶ月で退職、執筆生活に入る。49年、最初の書き下ろし長編『仮面の告白』を刊行、作家としての地位を確立。主な著書に、54年『潮騒』(新潮社文学賞)、56年『金閣寺』(読売文学賞)、65年『サド侯爵夫人』(芸術祭賞)等。70年11月25日、『豊饒の海』第四巻「天人五衰」の最終回原稿を書き上げた後、自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決。ミシマ文学は諸外国語に翻訳され、全世界で愛読される。
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