ある日、作家の立松和平氏がラジオで『ブッダのことば』(中村元訳、岩波文庫)を読み感化され、インドを旅行したというお話を聞きました。私はこのラジオをきっかけに、お釈迦様の言葉がそのまま残る原始仏教と呼ばれる類の本を読むようになり、各仏典へと次第に読書の範囲を広げるようになりました。また、戦前から戦後にかけて、英語を使って禅を世界に紹介したという鈴木大拙氏の本も図書館で借りて読むようになり、公案や祖師達摩からの禅宗の流れにも興味を持つようになりました。鈴木大拙氏の本の中に、時折『頓悟要門』の一節が引用され、わかりやすい禅の入門書として推薦されていました。しかしながら、『頓悟要門』(宇井伯寿訳・岩波文庫)を手にとると、旧漢字旧仮名遣いのため理系出身の私には、一行も読むことができませんでした。唖然としましたが、図書館に筑摩書房発行の専門書がもう一冊あることを探し出し、全文を読むことができました。『頓悟要門』は、禅の公案の本に見られるような難解さはなく、問いに対する大珠和尚の答えがとても面白く、鈴木大拙氏のおっしゃる通りの初心者向けの禅の入門書でした。この感動を日本中の人たちが知らないというのはもったいないと思い、難しい仏教用語がわからない人でも簡単に楽しく読める現代語訳を作ろうと決心しました。 現代語訳にあたり、次の五点について考慮しました。一 漢文読み下しでは、発言した人が大珠和尚か参禅者か明確に分からない箇所が多数見られました。そこで、本全体を対話形式にしました。二 原文の冗長な言い回しは省略し、意訳しました。特に上巻第四四段の偈では、意味を変えないように配慮しつつ語感を大切にしました。三 現在は、インターネットで簡単に語句を検索できる時代です。仏教用語の詳細な説明は避け、最低限の読み仮名と説明にとどめました。四 逆に、本文中に明記されていなくても文意から是非とも知っていただきたい仏教用語、背景については、訳注として説明を追加しました。五 何よりも楽しいこと。巻末掲載の妙叶由来書に書かれているように「手に取って閲覧すること数分、暑い日に涼風を得るかのよう」なスピード感を重視しました。(下巻あとがきより)
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